天草切支丹館
1966年(昭和41年)に開設した天草切支丹の歴史資料を展示する資料館。 キリスト教の伝来、南蛮文化、迫害、天草・島原の乱、隠れキリシタン、乱後の代官行政、というテーマで構成し、それぞれの背景や歴史を紹介している。
2010年(平成22年)7月1日に名称を「天草キリシタン館」に変更しリニューアルオープンした。
| 所在地 |
天草市船之尾町19-52 |
| 営業日 |
--- |
| 定休日 |
年末年始(12月30日〜1月1日) |
| 営業時間 |
午前8時30分〜午後6時 |
| アクセス |
JR三角線三角駅から産交バス天草アレグリアガーデンズ行きで20分、さんぱーる下車、徒歩3分 |
| 料金 |
入館は有料 |
おすすめ情報
主な収蔵展示品
重要文化財(国指定)
- 天草四郎陣中旗
- 重要文化財指定の正式名称は「綸子地著色聖体秘蹟図指物」(りんずじちゃくしょくせいたいひせきずさしもの)
おすすめ情報
キリシタン館周辺の史跡・文化財
- 殉教戦千人塚
- 本渡城山公園の中にある慰霊塚。天草島原の乱戦没者(幕府・一揆勢)を祀っていたもので、船之尾町・亀場町・小松原町に散在していた千人塚を発掘し、移転・合祀したもの。昭和31年5月に完成。この完成を機に、城山公園道路整備、公園化、キリシタン墓地・アルメイダ像・キリスト平和像建造、天草切支丹館建設と昭和30年代から40年代初頭にかけて本渡城山公園一帯の観光開発がなされた。キリシタン館より徒歩3分。
- 城山公園キリシタン墓地
- 昭和30年代、本渡城山公園一帯の観光開発の中で造営された。もともと五和町に点在していた墓石を集め造られたものである。墓地を見守るようにルイス・デ・アルメイダ像(舟越保武原画)やキリスト平和像も造立されている。キリシタン館より徒歩1分。
- 木山弾正の墓
- 木山弾正惟久は、肥後益城の赤井城主であったが、天正13年(1585)の島津氏肥後侵攻の際落城、天草氏の外戚の縁で当時本渡城に客将として迎えられていたという。天正17年(1589)天正天草合戦では志岐氏への援軍として志岐(現天草郡苓北町志岐)に出陣し、加藤清正軍と戦い敗れた。『清正記』には、清正と弾正が一騎打を行ったと記されている。墓は後世に子孫により造立されたもので、キリシタン館背後の丘陵上にある。天草市指定文化財。キリシタン館より徒歩5分。
※近隣に駐車場はありません。
- 延慶寺の兜梅
- 延慶寺の境内にある梅の老木。樹高3m、枝張りは東西11m、南北6mで、「伏龍梅」とも称される。この梅の木には、天正天草合戦における本渡城戦の時に、奮戦むなしく敗れた木山弾正の妻お京の方にまつわる伝説が伝えられている。熊本県指定文化財(天然記念物)。
キリシタン館より車で3分、徒歩10分。
- 明徳寺
- 向陽山明徳寺は曹洞宗の寺院で、正保2年(1645)天草四ヶ本寺の一つ東向寺の末寺として天草代官鈴木重成によって創建された。開山は中華珪法。享保2年(1714)造立の山門には「祖門英師行清規流通仏陀正法」「将家賢臣革弊政芟耶蘇邪宗」の双聯がある。なお、山門は天草市指定文化財。
キリシタン館より徒歩3分。
- 祇園橋
- 天保3年(1832)に架橋された石橋。天草産石材である下浦石(砂岩)を用いた多脚式アーチ型で、本来は旧道往還をつなぐ橋梁として架けられた。祇園社の前にあるため通称「祇園橋」と呼ばれる。国指定重要文化財。なお、この橋がある付近一帯は、天草島原の乱の時(寛永14年11月14日)に激戦地の一つとなった場所である。
キリシタン館より車で5分、徒歩15分。
※車でお越しの方は、祇園橋近くの「天草文化交流館」駐車場をご利用ください。大型バス等の駐車場はありません。